カルルスの魅力

カルルス

登別温泉の奥座敷として親しまれ続けてきた山峡の名湯カルルス温泉

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草創期

カルルス温泉は、1886年(明治19年)に室蘭郡役所書記を努めていた日野愛憲(ひのあいき)によって発見されましたが、開拓に全力を注いでいた彼には、この温泉を開発する余裕がありませんでした。しかし、その3年後の1889年(明治22年)、彼の養子であった日野久橘(ひのきゅうきつ)が再び温泉を発見。温泉の湯を試飲したところ、持病の慢性胃カタルが治った事から、温泉の開発に心血を注ぐことになります。そして1889年(明治32年)に幌別からカルルス温泉までの道を作り、それまでペンケユと呼ばれていたこの地を、当時世界的に有名であったチェコ・カルルスバードの泉質に似ている事からカルルスと名付け、旅館一軒を建て、温泉地として開湯しました。

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繁盛期

日露戦争の後期に旭川陸軍呼び病院の指定する療養地となってからは、その効用が発揮され、知名度も次第に高まり、温泉地としての基盤が整備されていきました。1908年(明治41年)には、湯治の常連客でもあった岩井仁太がカルルス温泉3軒目の旅館、千歳館(現ホテル岩井)の経営をはじめました。開湯から数十年を経て、仙境の地とも形容されたカルルス温泉は広く知られるようになり、賑わいを見せていきました。しかし、そんな中、日本はいよいよ戦争へと突入し、、入り込み客の人数も減少することになります。

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繁盛期

忍耐と苦悩の戦争時代を経て、カルルス温泉は低迷を余儀なくされました。カルルス温泉の特徴でもある療養に優れた泉質や豊かな自然環境を有する温泉地よりも、観光・快楽を追い求めていった観光地が一般客の志向に合致したとも言われています。1961年(昭和36年)、それまで水害によって不通だったオロフレ道路が復旧し、これを機にカルルス温泉にスキー場が開設されました。また、ボーリングの成功により、湯量が大幅に増量して、各旅館では待望の内湯時代を迎えることになります。同じ頃、北海道で第1号、全国で12番目の国民保養温泉地に指定され、カルルス温泉は新たな復興の時代を迎えはじめます。

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